ニンジンをジューサーにかけて毎朝飲む。すると、細胞が生まれ変わったようなすっきりした感じがします。私たちの栽培の目的は、毎日ニンジンジュースを大量に飲む習慣の方でも、安心して手にとれる野菜を栽培すること。野菜本来のすっきりとしたやさしい味。そのために試行錯誤を続けています。
栽培の基本的方針
- 自家製チップ堆肥の使用
- 肥料は必要最低限(ほぼなし)
- 栽培期間中、農薬及び化学肥料は一切使用しない
- 種苗は種苗会社等から購入
- 生産管理資材の使用
- 省力化のための機械、設備、IoT
- 生産体系
- 規模感と目指しているもの
自家製チップ堆肥の使用
雑木林や街路樹を伐採した木材チップを植木屋さんや森林組合等から譲り受け、数年堆積して植物性堆肥にします。
数年堆積すると、色が濃くしっとりした腐葉土のような堆肥ができます。堆積中に掘り返すと、カブトムシの幼虫がゴロゴロ出てきます。時には野狐が穴を掘って巣にしていることもあります。微生物や小動物の死骸や排泄物も混じり、窒素、リン酸、カリといったいわゆる肥料成分含量は少ないものの、有機物そのものである良質な堆肥が出来上がります。この堆肥が土壌中に適度な空隙を作り、植物の根が伸び、微生物が活動する豊かな土壌の材料になります。
できた自家製堆肥を原則そのまま・・・畑に力がないと感じた時は、米糠をまぜ、発酵させて微生物を活性してから、・・・畑に散布します。
肥料はほぼ使用しません
数年前までは施肥設計、土壌診断を積極的に行い、市販のいわゆる有機肥料やミネラルを補給していました。しかし、ここ数年、積極的な「施肥」を行わなくなりました。
作物や雑草の生え具合を観察し、畑全体の様子を見て、必要十分なエネルギー量があると判断した場合には上記チップ堆肥のみを散布(土壌に対する貯金として)、エネルギーが不足してきたかなと判断した場合は、チップ堆肥に米糠を混ぜたものを(米糠に窒素、リン酸、カリといった肥料成分が含まれている)畑に散布して「施肥」としています。
そもそも、窒素、リン酸、カリをはじめとした栄養素は、ベクトルの異なるエネルギーの要素です。成長した木が枯れて、分解され、小動物や微生物の働きで植物の根が吸収できる形に変わっていく。そのエネルギーの循環が阻害されなければ、植物はしっかり育つ。人間の都合に合わせるために、腐熟を早めたり、吸収、成長を早める作業が堆肥化や施肥といった作業です。
もちろん、肥料分を積極的に散布した方が作物が早く成長したり、大きく成長したりします。野菜の味も、使う肥料によって濃くしたり、旨味をのせることもある程度可能です。しかし、「すっきり、やさしい」野菜本来の味、「安心」を求めるうちに、今現在の自家製植物質堆肥のみの施肥体系に行き着きました。
栽培期間中、農薬及び化学肥料は一切使用しない
農薬、化学肥料は(有機JAS適合のものも含め)自分の圃場内では一切使用しません。
一方、育苗の一部を外部委託しているため、品目によっては育苗培地に化学肥料が含まれています。また、育苗期間中の生育や害虫の発生状況によっては育苗委託先において登録農薬を使用する場合があります。(なす、ピーマン、きゅうりなどの果菜類の一部のみ。使用した場合において、使用状況等について、栽培履歴を育苗委託先から提出してもらい、管理・把握しています。)
種苗は種苗会社等から購入
種に関しては、ほぼ100%種苗会社の育成した購入種子を使用しています。自家採種に興味はありますが、知見、実力、労力不足のためほとんど実施していません。(一部の種について、種苗会社において種子消毒が行われています。また、種子のコーティング処理、シードテープ加工等された種子を使用する場合があります。)
また、移植栽培用の苗につきまして、現在のところ、ほとんど外部委託に頼っています。今後数年内で苗の自家生産を再開する可能性はありますが、苗の品質、揃い、苗育成コストを勘案した結果、当面の間、委託先パートナーと協業した方が良質な野菜栽培につながると考えています。
生産管理資材の使用
生分解性マルチや太陽熱処理用のプラスティックマルチ等、省力化の資材は積極的に使用します。また、防虫ネットや保温・防霜のための不織布、被覆ビニール等のトンネル資材についても積極的に使用します。
これらは環境汚染要因になる場合がありますが、全体の生産性から当面使用する方針です。資材の購入者として、環境維持に貢献するべく資材を大事に繰り返し使うとともに、商品開発に携われるような規模感、発言力を仲間とともに持てたらいいなと考えています。(特に太陽熱活用の土壌環境管理手法について、農研機構と研究を進めています)
省力化のための機械・設備
省力化のためのトラクターを始めとした農業機械、バックホーなどの建設機械、その他収穫荷造洗浄機等、たくさんの機械や道具を積極的に使用しています。育った野菜を新鮮なまま食卓にお届けするには、多くの人手と機械や道具、資材が必要です。私たちの農園を訪れた時、予想以上に多くの機械が活躍しているのに驚かれるかもしれません。
一方、栽培作物のほぼ100%が露地栽培です。パイプハウス を使用したハウス栽培はごくごくわずかです。時に植物工場を見学に行くと、その労働生産性に目を奪われますが、環境制御するためのエネルギー(インプット)、その施設から排出されるエネルギー(アウトプット)まで含めて全体を見た時に、エネルギー生産性に関して、私たちは露地栽培にこそ希望を見出しています。
野菜は「作り出す」ものではなく、「育つ」もの。本来的には、種をどの環境にいつまくか?種まきと環境整備のみが栽培者の仕事です。エネルギーをうまく活用して、野菜が育つ環境を整える。工夫次第で美味しい野菜が育ち、結果として自分たちの労働生産性が高まり、持続可能になる。必ずしも手をかけさえすれば、いい野菜が育つ、わけではありません。制御するためのエネルギー使用を可能な限り最小限に。環境にうまく適合しながら栽培することで持続可能性を高めていきたいと考えています。
データ、IoT
栽培環境や作物をよく見る上で、センサーや画像から得られる情報は貴重。時に人間の目に見えないものを見せてくれます。そのような観点からセンサーやデータ、今後発展するであろうIoTなど積極的に活用していく方針です。
しかしながら、作物や自然の時間と、商業の時間の流れは異なります。短期的な生産性向上が持続可能性とトレードオフになることが多々あります。
エネルギー、資材、労力、環境。全体最適と持続性を願いつつ、迷いながら試行錯誤している。それが農業現場における私たち実務者の正直な現状です。
生産体系ー規格・収穫量
いつ、どのサイズの野菜をどれだけの量収穫するか?出荷する規格は何か?出荷から逆算して必要な分の野菜を栽培する。そのための工程表を私たちは「レシピ」と呼んでいます。
「レシピ」は標準生産工程や業務フローに見えますが、設計図ではありません。「レシピ」通りに作業すれば、願った結果を得られることが増えてきましたが、なかなか思い通りにはいきません。
また「レシピ」は近隣の生産者間で共有はされていません。同じ有機栽培、無農薬栽培であっても、レシピの内容は各生産者の頭の中で千差万別。レシピが違い、土壌が違い、微気象が違い、栽培者が違う。テロワールという言葉があるように、違いがあるからこそ豊かな多様性があります。(余談ですが、この多様性や計画の粗雑さは、共同出荷においては、4定(定時・定量・定品質・定価格)を阻害する要因になります)
生産体系ー味、栄養
一方、これまでの生産計画の多くが、市場における見た目や大きさ、収量を目指した計画でした。「味」や「栄養」を目指した「レシピ」や工程管理はまだまだ野菜の現場では普及の端緒についたばかりです。(糖度計、硝酸イオンメーターなど少しずつ味や栄養を計測するためのセンサーや測定機器が普及しつつあります。またポテトチップス用のじゃがいもなど加工業務用野菜では進歩が進んでいます。)
私たちは、見た目や規格はもちろん、味や栄養を視野に入れたレシピ作り(頭)と現場での試行錯誤(身体性、環境依存性)に、農業が持つ農業ならではの限りない面白さを感じています。
規模感と目指しているもの
私たちは2020年現在、おおよそ5haの栽培面積で露地栽培をしている小さな農園です。粘土質土壌の小川町では果菜類や果樹を中心に、火山灰土壌の寄居町では根菜類、葉菜類を中心に栽培しています。
近年、異常気象が多発し、作物の生育に大きな影響があります。従来の栽培とは時期や生育スピードが変わり、大雨による土壌流出や害虫被害も多発しています。また、農業従事者が高齢化し、生産農家数が減少する一方、一部生産農家の規模の大型化も目立ってきています。私たち自身、小川町に来た2007年以降、10年以上にわたり規模拡大を目指して農業経営を続けてきましたが、大型化することが必ずしも効率化につながらない現状を何度も体感してきました。
農業者として、お求めやすい価格で安定供給するために規模の維持拡大、機械化や省力化等、変化すべき部分はこれからも積極的にチャレンジしていきたい。しかしながら、一方で、短期的な省力化が部分最適に繋がり経営を傾ける要因になってきたことは大きな反省点。農業者こそ、先の世代を見据えた長い長い時間軸で全体最適を目指していかなければいけないと痛感しています。
「これって美味しいよ」と心から言える物を適正価格で提供し続けること。農業者の役割はこれに尽きます。しかしながらとても難しい。頭と身体をバランス良く使いながら、試行錯誤を続け、エネルギー循環の邪魔にならない智恵を身に付けた農業者になりたい。